カタリスト

思考を暗所で常温保存

 

どうも

 

周囲の病原菌や敵対部族の攻撃等の外部侵略から身体を守るために衣服という文化が発展したのであればこれだけ平和で清潔な日本の自室にいる場合衣服を着用する意味などないいやむしろ害悪であるなどとと言いながら限りなく全裸に近い格好でブログを書いている私ですこんばんは

 

あついですね

 

あまりにあついので扇風機に向かってあ゛あ゛あ゛あ゛と言いながら

特に何もせずゆったりしていたんですが

そんな僕をしかるようなタイミングで弟からラインのメッセージが飛んできました

 

名前からご察しの通り僕は長男です

ただあの世界のイチローは次男で一泰というお兄さんがいたりするので

「一という字を見つけたからといって油断してはいけない」

ということは声を大にして言いたいです

 

ええ僕自身は何のひねりもなく長男なんですが

弟がおりまして

YUJIROといいます(本人のプライバシーのため漢字は伏せます)

範馬刃牙のお父さんと一緒です

 

ですので同世代の友人とかの前で弟の話をすると

「お前の弟、地上最強の男じゃんwww」

みたいないじられ方をしてめんどくさいなと思うんですが

本人はもっとめんどくさいんだろうなと思って我慢します

 

少し世代が上がると往年のトップスターと同名だという絡みが始まります

 

弟はかなりの方向音痴で

小さい頃から迷子になることが多かったので

そのたびに僕は弟の名前を大声で呼んで探していたのですが

「YUJIRO?YUJIRO~?」

といった調子で探しているとけっこうな頻度で全然知らないおばちゃんから

「あら、いい名前ね」

と声をかけられることがありました

 

あとから石原裕次郎というスターがいて中高年の皆様には絶大な人気があり

おそらくそのおばさま方はその石原裕次郎のファンだったのだということを

僕自身理解できるようになるのですが

 

まだ10歳にならなかった頃の僕にとっては

「あら、いい名前ね」と声をかけてくるおばさまたちは

恐怖の対象以外の何者でもありませんでしたし

「あら、いい名前ね」などと声をかけてくる暇があったら

僕のいなくなっちゃった弟を探してくれと思いましたし

いろんな思いがないまぜになって

「あら、いい名前ね」と声をかけてくるおばちゃんが現れるたびに

僕は泣きそうな気持ちになりました

 

その後遺症もあって未だに

「あら、いい名前ね」

という言葉を聞くと若干泣きそうな気持ちになります

 

前置きが長くなったのですが

そんな弟から届いたLINEメッセージが

またカオスな内容で僕はまた泣きそうな気持ちになったという話を

 

「グンマーの相馬が原演習場で訓練なう」

 

というのが弟がLINEで送ってきたメッセージの中身でした

 

「パスポートなくても平気なのか」

 

と返信すると

 

「グンマーにそんな文明ない

 

行軍やばい

 

暑すぎ荷物重すぎ」

 

というメッセージが返ってきました

 

実はデパートにいくたびに迷子になっていた弟も気づけば19歳になっていて

防衛大学校という自衛隊の幹部養成学校で

地図だけ持たされて行軍するようになっていました

 

僕はグンマーこと群馬県がネタなどでなく死と隣り合わせの場所

になっていることに驚きを覚えながら

 

「水は大丈夫なのか さすがに飲ませてもらえるよな」

 

と返信すると、弟からは

 

「水あるけど足りなくなりがち

防水処理した地図を広げて雨水溜めて飲んだ」

 

という返信が返ってきました

 

グンマーは日本ではないという確信を持ちました(錯乱)

 

「兄貴は元気なのか」

 

と聞かれたので

 

「俺は先月までフリーターだったけど今月からはNPO理事という名の無職で来月からまたクラスチェンジするよ」

 

と正直な現在の状況を伝えたところ

 

「どこに向かってるの…」

 

という返信がありました

 

僕たち兄弟は昔から本当に正反対なところがあって

 

弟は比較的硬派で、毎日コツコツと物事を進める勤勉な性格

将来は国家公務員になるということをかなり昔から志している男でした

 

兄の僕は比較的軟派で、たまにものすごく働くけど基本プー太郎なムラのある性格

将来は漫画家か小説家になりたいというヘラヘラした男でした

 

弟はバスケをしていたおかげで身長がすらりと高くやせ型ですが

僕は野球をしていたからかどちらかというと骨太な体型

 

弟は卵の黄身が嫌いで白身が好きで

僕は白身が嫌いで黄身が好きだったので

目玉焼きはひとつで足りてしまうという

徹底して趣向が真逆な兄弟でした

 

普通、兄がしっかりして弟がへらへらするんではという指摘をよく受けるんですが

この性格の違いについては

中学の頃の僕に起きた出来事が

お互いの生き方にかなり大きな影響を与えていると思っていて

この出来事についてはそのうち詳しく書こうと思います

 

真逆だった趣向は歳を経るにつれ、たまに交差しながら大きく道を隔てていき

気づけば弟は自衛隊の幹部候補生、

兄の自分は震災後立ち上がったばかりのNPOに身を置いていました

 

僕は何か新しいものを作ることに自分の価値を見出していて

弟は現代の社会において確実な地位へ上り詰めていくことに価値を感じていました

 

弟の言う価値というのは何も自分がかわいいからということでなく

兄の僕がこういう人間だから

両親のために自分は安定しなくてはいけないと思った結果なのだと思います

 

弟は最後に

「死にそうになったら言ってね」

とだけメッセージをくれました

 

僕は泣きそうになりながら

「お前は自分の水の心配だけしてなさい」

と返しました

 

僕ら兄弟は

お互いが天秤の両極端に立っていることで

不思議と調和を保っています

 

弟はこれから着実に道を進んでいくようですが

僕は正直まだ分かりません

ただ、この弟のためにも

僕は進まなくてはいけません

 

いつかまたそれぞれの道が交錯する時に

胸を張って兄貴について来いと言える人間になろうと思います

 

僕たちは最強の家族です